2010年10月18日月曜日

自由とは孤独をはらむ

自由とは責任とセットであり、孤独が背景に潜む。


ありとあらゆる判断を自己責任であると簡単にかたずけられるならば、人は必ず孤独に陥る可能性がある。

しがらみのない、自由な世界とは誰からの保護ももちろんない。その反対に万全な保護がほしいならば

自由を差し出すしかない。

ならば「NO MONEY NO FREEDOM」。

お金がなければ、稼ぐちからがなければ、自由を差し出して誰かの保護にはいるしかない。

会社員は人生のかなりの時間を会社に差し出して保護を買っている。人生で一番貴重な財産を売ってね。

逆に言えば、人を使う側の人は、金で人の時間と労力を買う。つまり自分の自由な時間を買うのだ。

ならば会社員はそこで、学べるだけ学びかならず組織を飛び出し、自ら組織を作る側にまわることを夢見なければ未来はない。

ただ経営者は人の手や時間は買えても、心だけは買えない。心は、経営者のビジョンでひきつけるしかない。

ならば、ビジョンのない経営者の下では、社員は不幸だ。

世の中から孤独をへらすには、自らが「弱者です助けてください」と発言できない人をケアするには。管理しかない。

どこの誰が、いつ苦しんで、今にも自らをつぶしてしまいそうな状態であると、第三者が認識するにはなんらかのシステムが必要だ。


人は重要感をたべて生きている。とはフロイトの言葉だ。


みんな「僕は私はここにいる、誰かきづいてくれ、だれかがんばった自分をほめてくれ!」


と渇望している。


自由主義は、性欲、食欲、金銭欲、睡眠欲のすべてを満たすことが可能な社会だ。


ただ、自由主義ではたったひとるある欲望だけは一人では満たせない。それは「自己重要感だ」


迷惑なクレ-マ-も、学歴をひけらかすひとも、豪邸をもつのも、ベンツにのるのも、ロレックスをつけるのも名のある企業にはいるのも、名のある学校をでたことをいつまでも自慢するのも、自分と他人をすぐ比較するのも


すべて「自己重要感」を満たいだけなのだ。


あきらかにこの欲望だけは一つだけ本質が違う。自由主義だけではカバ-しきれない。


ある程度の管理社会こそが、その自己重要感の欲望を満たす助けになるのではないか?。


たとえば

GPS 心拍計 カメラをつけたディバイスを全員がもち、犯罪被害に会った時、みずからのSOSの時に政府機関や企業がいち早く認識して、駆けつける。また孤独なひとには、定期的に暖かいアクセスがあるような仕組みをつくれないか?


また、犯罪履歴のある人を監視できないか? 


そのためには携帯番号を
Social Security Number化

にして、戸籍、住民票、雇用保険 社会保険 年金記録 納税者番号(国、地方自治体)を統一管理するのは

いかがなものか? 完全ではなく、ゆるい管理社会に移行できないか?


将来的にはGPSのマイクロチップを出生時に脳に埋め込み。管理社会にする。


それにより、犯罪を犯すような興奮状態になった人をいち早く見つけ、なんらかの対処ができるのではないか?


そして、犯罪を減らし、孤独を減らしなおかつ保護がある社会が可能なのではないか?




自由の国アメリカでさえ、愛国者法により、通話記録、送金記録 ネット記録などすべ管理されていることを考えると


あながち、考えられない世界とはいえないのではないか?



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